伊周 清少納言

Feby 8, 2020
伊周 清少納言

伊周 清少納言

前回の記事(長徳の変とは?わかりやすく解説【花山法皇乱闘事件。藤原伊周の敗北と藤原道長の登場】)で少しだけ清少納言に触れたので、今回は枕草子の話をしたいと思います。 ※紫式部の話もしようかと思いましたが、うまく整理できなさそうなのでやめてしまいました(汗。

気品のある清らかな伊周の描写は多い。そんな中、清少納言が伊周・道頼を対比して記した「淑景舎、春宮にまゐりたまふほどの事など」の段は注目に値する。 正暦6年(995年)2月、中宮・定子と、その同母妹の東宮妃・原子の対面の儀が、登華殿で行われ ...

清少納言と、同時代の『源氏物語』の作者・紫式部とのライバル関係は、後世盛んに喧伝された。 しかし、紫式部が中宮彰子に伺候したのは清少納言が宮仕えを退いてからはるか後のことで、2人は一面識さえないはずである 。 紫式部が『紫式部日記』(『紫日記』)で清少納言の人格と業績 ...

清少納言は彼について、「にほひやかなるかたはこの大納言にもまさりたまへる(つややかに美しい様子は大納言伊周にも優っていらっしゃる)」と記していますが、父譲りの美男子だったようです。

経歴. 一条朝初頭の永祚元年(989年)11歳で元服して従五位下に叙爵し、翌永祚2年(990年)正月に侍従に任官する。 同年7月に右兵衛権佐に任ぜられると、正暦2年(991年)従五位上、正暦3年(992年)正五位下・左近衛少将、正暦4年(993年)従四位上・右近衛中将、正暦5年(994年)正月に正四位 ...

清少納言(せいしょうなごん)とは 平安時代中期の女流作家、歌人です。 誕生時期:966年 死亡時期:1025年 随筆「枕草子」の著者 として知られています。 清少納言とはどんな人だったのか 何をした人だったのか?などなど 清少納言について この記事ではなるべくわかりやすく 簡単な言葉で ...

清少納言と藤原道長は敵ではなかったんですか?私はずっとイメージで清少納言は道隆側の人間なので道長を敵視していたと思っていたんですが枕草子にも道長殿かっこいい!みたいなのがあると聞いて…wikiを見ていたら道隆の死後伊周と対立とあったのですが、基本的には清少納言と道長は ...

清少納言はご存知のとおり、一条天皇の中宮定子にお仕えしていました ... それが、枕草子の中に時々イケメンとして登場する藤原伊周(これちか) ...

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